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Re: パトロール隊長

 投稿者:織夜メール  投稿日:2009年 5月15日(金)22時58分39秒
返信・引用
  > No.15[元記事へ]

お返事遅くなってすみません。

ほたるさんへのお返事です。

> >光っている時ではなく、影に入った時にどうするかにかかっていると
> 本当にそう感じます。
> 影に入ってだめになってしまう人が実に多いです。
> 今働いているところでさまざまな人の辞め様を見ました。。
> 誰が見ても出世街道に乗ってるよ!という人が些細なことで転落していったり、
> あと少し努力すれば自分にも光が当たったでしょうに、
> 不遇な自分の現状に甘んじてしまったり、
> ちょっと我慢すればよりよい環境で働ける日がきたのに逃げるように辞めてしまったり。

うーん。
まぁ本当にそれで駄目になったかなんていうことは、本人にしかわからないわけだし、
やめてその後の人生、もっといいところに入って実力を伸ばしているかもしれませんよね。
努力が少ないか、多いかなんて、人生のそのほんの何年かを知っているだけで
判断するのはあぶないかなーとも思います。
実際続けるのもやめるのも個人個人の判断であるし、やめてよりよい場所に行ければ
幸せなんじゃないのかな。そしてその幸せは本人以外には決められないんじゃないかと
思うんですがー。

> 入ったばかりの頃はみな「期待の新人」として遇してもらえます。
> 最初はみながんばるので、それなりに力のある人はさっそく光ります。
> しかし、時がたてば自分自身のどうにもならない弱さというか業というかが出て
> 誰もが自分自身の弱さに付け込まれ、影に入るんだなとも思いました。

弱さがあるからきらめくってことを、福永先生は教えてくれていると
いつもクレヨン王国を見て思います。
弱さがある人の方が圧倒的に強くなれるんです。
逆に弱さが少ない温室育ちで挫折がなかった人が穴に落ちてしまったとき、
這い上がる術すら知らないのではないかと思うのです。
パトロール隊長のノブオも、どうしようもない悲しみ、絶望、後悔にさいなまれて
小さな子供の身で必死になって、必死になりすぎてかたくなになってしまっていた。
でもその辛さがあったからこそ、ノブオはパトロール隊長としての仕事を
自分で進んでいけたんじゃないかなと思います。
お母さんが見ていてくれたからとか、困った人のためとか、スージーのためとか、
たぶんそれは全部部分でしかなく、決定打ではなく、
あれだけのことをやってのけたのは、傷ついた心と常に向き合い、目をそらさないで
進んでいくんだという、自分自身の心のプリズムを爆発させたからだと思います。
自分のためだったのです。
(でも私も10代・20代の頃はスージーのためかなと思ってました・・。
それにしてはスージーがヒュードンと結婚する時、あっさりしていたなと
ずっとわからなかったのですが、30代になってなんかわかりましたね(笑)。
あと、スージーがヒュードンと結婚したわけも、なんとなく。
年とともに見えるものが違ってくるのがクレヨン王国の面白いところ。
ほんと、「そのときがきて、とつぜん」です。)

人生は長い。悪いこともあればいいことも同じだけある。
ただ、悪いことは、ぼーっとしてても気づくけど、
いいことはなかなか気づかない。いいことってささやかなことの積み重ねだから。
いいことを宝物みたいに、傷ついた心の割れ跡にはめこんでいけるといいですね。
 

Re: はじめまして。

 投稿者:織夜メール  投稿日:2009年 4月27日(月)11時56分17秒
返信・引用 編集済
  > No.14[元記事へ]

いちごさんへのお返事です。

返信遅くなってしまい、すみませんでした。
11月に書き込んでくださっていたのに・・。
これに懲りずにまた書き込んでください。
私も子供が入園したので、時間もとれるようになって、前よりもサイトの方に
力を入れていきたいと思っています。

文面からすっごくクレヨン王国が好きなんだなということが伝わってきました。
小学生の頃、そして高校生になってと、クレヨン王国の扉に近づくいちごさんの心には
きっとずっとずっとクレヨン王国と近い美しいかけらがあったんだと思います。
月のたまごはとっても長いお話ですが、読んでいると引きこまれてあっという間に
読んでしまいますよね。
県立図書館で続きは読めたのでしょうか?
月のたまごシリーズは人気が高いせいか、まだ書店(ネット書店)でも
買える状態にあるので、もし良かったら買って手元にそろえておいてください。
いちごさんが大学生、社会人・・親になった時、また読み返すと、
その都度、全く違う世界が見えてくる。現れてくるのがクレヨン王国です。
是非、ずっとずっと大事に持っていて、人生の節目節目にクレヨン王国に足を踏み入れてください。

参考までにamazon(ネット書店)のリンクを貼っておきます。
クレヨン王国月のたまご6巻
クレヨン王国月のたまご7巻
クレヨン王国月のたまご8巻(完結)
 

パトロール隊長

 投稿者:ほたる  投稿日:2009年 3月 5日(木)03時06分55秒
返信・引用
  >光っている時ではなく、影に入った時にどうするかにかかっていると

本当にそう感じます。
影に入ってだめになってしまう人が実に多いです。
今働いているところでさまざまな人の辞め様を見ました。。
誰が見ても出世街道に乗ってるよ!という人が些細なことで転落していったり、
あと少し努力すれば自分にも光が当たったでしょうに、
不遇な自分の現状に甘んじてしまったり、
ちょっと我慢すればよりよい環境で働ける日がきたのに逃げるように辞めてしまったり。

入ったばかりの頃はみな「期待の新人」として遇してもらえます。
最初はみながんばるので、それなりに力のある人はさっそく光ります。
しかし、時がたてば自分自身のどうにもならない弱さというか業というかが出て
誰もが自分自身の弱さに付け込まれ、影に入るんだなとも思いました。

私は何度も光と影を行ったりきたりしながら何とかやってきましたが、
今年に入ってからというものの、どうも影に入っているようです。
最近パトロール隊長を読みましたが、パトロール隊長となったノブオの
懸命な働きは、本当に胸を打たれます。

お母さんの死後、ずっと影に入っていたノブオは、
あと一歩のところでぐれてしまうところをクレヨン王国に拾われました。
そこで自分と同じ困ってる人、後押しが必要な人に懸命に
手助けをすることで、入国前は見えなかった両親や妹、右田先生などの本心?
が見えるようになったと思います。
そしてひとまわりもふたまわりも大きくなって、自分の世界に帰っていきます。

でも、ノブオの働きを支えたものは何だったのでしょうか?
亡くなったお母さんがずっと見守ってくれていると気付いたから?
ここでパトロール隊長をやらなければいけないからやった?
本当に困ってる人のために働きたくなったから?
ただひたすらスージーのため?
とにかく前に突き進む勇気だけはあったのだと思います。(カメレオン総理談)
私は、ただひたすらスージーのためと読みました。
私も早く影を突き抜けたいです。(^^;)
 

はじめまして。

 投稿者:いちご  投稿日:2008年11月29日(土)11時34分56秒
返信・引用
  はじめて書き込みします。
私は高校2年で、最近クレヨン王国シリーズにはまっていています。

私の姉は小学生のころ、クレヨン王国シリーズを気に入っていました。
それで、家に何冊か本があったのですが、当時(私も小学生)は絵の少ない本を読むのが嫌だったので、あまり読もうとは思いませんでした。
(一度、読もうと試みたことがありましたが、途中で断念しました(^^;))
高校生になって(やっと…)、ある日ふと手にとって読んでみると・・・
とてもいい作品であることがわかり、すぐに好きになりました。
特に好きなのは「月のたまご」です。まゆみの作る詩には癒されています。
小学6年生または中学1年せいとは思えないほど大人びていて、
作詩に優れているまゆみには、学ばされることが沢山あり、
私にとって憧れの人物でもあります。

「月のたまご」は私の家には5巻までしかないので、
今度、クレヨン王国シリーズのある県立図書館に行って読みたいと思います。

長くなってしまってすいませんでした m(u u)m
 

Re: 救援隊その後

 投稿者:織夜メール  投稿日:2008年 7月27日(日)01時35分43秒
返信・引用
  > No.10[元記事へ]

>ほたるさん

人生にただ一つの正解の道なんかないんですから、挫折がある方が自分のためにいいですよ。
挫折することによって、挫折しなかった人に比べて自分を良く見つめ直すことが出来るし、
周りを見る力も養われるし、挫折がなかった頃にはわからなかったような人の痛みを
知ることも出来るでしょう。
まぁ、現実、挫折のない人なんていないんですよ。
挫折がないように見える人でも、見えないところで大変なことがある。
それをどう自分で消化して、進めるかが大事なんじゃないかと思います。
って、こんな前向きな事書いてますけど、私も悩んだりうまくいかなかったり、
踏み出せなかったり、人生を無駄に消費しているような気になったり、
落ち込んでばっかりですから!でもすっごい落ちた後に見えるものもあって、
それが自分の血肉になると思います。
そしてそうして少し成長したときにまたクレヨン王国を読むとまた違う響き方をします。
それまで泣かなかったような場面で泣けたり。
だから、クレヨン王国を手元に置いて、何かあった時にまた読み返して欲しいと思います。
すると前には見えなかった「答えの素」がきらりと光って、見つけることが出来ますから。
回り道だなと思っても、それでもそれも「道」。必ず何か関連があって、
ほたるさんが40代50代になった時に無駄でなかったと思えるはずだと思います。
そしておばあさんになってもそっとそばにはクレヨン王国を!(標語?)

> 話は変わって、2巻では月のたまご救援隊のその後が描かれていました。
> 彼らのその後は、寒気のするくらいみな不幸になってましたね。
> 地球のために命をかけた救援隊とそれに関わった人たち、
> 誰一人例外なく不幸のどん底に落ちていました。
> 私が、切なくてはかなげといった結末の裏で、
> これほどまでの惨劇が展開されていたとはまったく想像できませんでした。
> 織夜さんは2巻を読んだとき、どんな感想をもたれましたか??

私は発売のリアルタイムで読んでいたので、月のたまごは「1巻・2巻」ではなく、
1冊目だけで終わっていました。(最初は1巻完結だったのです)
その後何年かして2巻が出た時、とても複雑な気持ちでした。
とてもせつないけど、綺麗な終わり方だと思っていたし、あの最後は本当に
名作中の名作の終わり方だと思っていたので、
続きというものをなかなか簡単に受け入れられなかったです。
まゆみはただの女の子で、三郎はクレヨン王国の第3王子であり3倍の寿命をもつ特殊な人。
二人が別れてしまったのは、運命であり、しょうがないと思いましたし、
結局このまま恋人をしていても辛いだけだろうと思いました。
2巻目をおそるおそる読んで、その気持ちは確信に変わり、2巻最後に
アラストコンビとまゆみが再会したのには、
ほっとした気持ちの裏でこれからの不安があり、
3巻が出た時とても怖くてなかなか読み出せませんでした。
しかし読んでみるとひきこまれました。再会した4人のやりとり、三郎の危機。
ゲートック、ナルマニマニ、ダマーニナ・・魅力的な人物達の同時並行の運命と
鳥が気流に乗ったような物語のなめらかでスピーディな展開とこれからへの期待。
まゆみと三郎の運命が分かつことに悲しみの美徳を見ていたのに、
いつしか二人の道がなるべく長く一つに繋がるといいなと思うようになっていました。

人間の人生は光の部分と影の部分があって、その人の真価が問われるのは、
光っている時ではなく、影に入った時にどうするかにかかっていると
月のたまごの2巻以降を読んで強く思いました。
昨日まで輝かしいヒーローだった人が、ほんの何日かで罪人扱いされること・・。
日常でも多々ありえること。その時、真実を見抜ける目を育てないといけないんだと
思います。そのあたりも福永先生は見事に描いておられ、
心の底から「すごい」と思ったことを覚えています。

レスなのに、異様に長くてごめんなさい(^^;)。
 

救援隊その後

 投稿者:ほたる  投稿日:2008年 7月 3日(木)00時48分31秒
返信・引用 編集済
  こんばんは。またお邪魔します。

その就職活動中に挫折した自分と、(年は違えど)やはり挫折を強いられたまゆみが
強烈に重なり合ってしまって・・・その先を読むということは、
自分の未来を知ることなのかもしれないと本能で感じてしまって、
読み進めることが出来なかったのかもしれませんね。
どん底に落ち込んでるときに、何ゆえそんな自分の未来なんか
知りたいと思うでしょう?それから数年後・・・そんな私もひと山乗り越え
8巻まで読むことが出来て、満足です。まゆみもひと山乗り越え、
大きく成長したのでしょうね。
でも、私はまだまだいくつも山を越えなければ。(><)
きっと、その過程で完結編を読むことになるのかもしれませんね。
読みたくて手に取るであろう日がとても楽しみです。
その前に、またパトロール隊長や白いなぎさを読んでみたいです。

話は変わって、2巻では月のたまご救援隊のその後が描かれていました。
彼らのその後は、寒気のするくらいみな不幸になってましたね。
地球のために命をかけた救援隊とそれに関わった人たち、
誰一人例外なく不幸のどん底に落ちていました。
私が、切なくてはかなげといった結末の裏で、
これほどまでの惨劇が展開されていたとはまったく想像できませんでした。
織夜さんは2巻を読んだとき、どんな感想をもたれましたか??
 

Re: クレヨン王国と私

 投稿者:織夜メール  投稿日:2008年 6月26日(木)15時11分47秒
返信・引用
  > No.7[元記事へ]

>ほたるさん

ほたるさんのクレヨン王国との出会いを読んでいて、
ほたるさんは導かれるように、クレヨン王国と出会ったのだなぁと思いました。
多分ほたるさんの人生の節目の心の変化をサポートするように
クレヨン王国がそっと近寄ってきて、力をくれたのかなと思います。

読みたくなったり、また途中でなぜだか手に取りたくなくなったり・・
それは私も経験しました。20歳頃、なぜだか手に取れない時期がありました。
多分人間の自分の自由にならない第六感的な部分で、
自分に必要な、目に見えない力を選んだり、遠ざけたりしているのかもしれませんし、
クレヨン王国という世界がそうであるように、
とても近くにあって、それでも遠いものである時が
あるのかもしれません。

また読みたくなったら読むといいんだと思います。
そして出来たら、今大好きなクレヨン王国の中の何冊かを、
また20代後半、30代、40代と年を重ねて後、読むことをおすすめします。
若いときには見えなかった部分が、「その時が来て、突然」見えます。
時を経て手に入れる奥深さに、言葉にならない気持ちがこみ上げてくること、うけあいです。

なんだか素敵な気持ちになりました。
今ほたるさんが持っているクレヨン王国への純粋な気持ち、ありがとうございました。
 

クレヨン王国と私

 投稿者:ほたる  投稿日:2008年 6月21日(土)00時05分42秒
返信・引用
  出会ったのは成人してまさに就職活動中の時のことです。
当時町の図書館で偶然目に飛び込んできたのが、
ずらりと並んだクレヨン王国でした。その中から薄くて読みやすそうな
水色の魔界といちご物語を読んでみました。
他の作品も読んでみようと、次々に読んでみました。

就職活動中の電車の中でクレヨン王国を読んだり好きな音楽を聴いたりして、
とても有意義な思い出に残る一幕でした。
今でもその作品を読むとあの時のことが思い起こされます。
特に記憶に強いものが、パトロール隊長、月のたまご1、白いなぎさ、
花ウサギ、まほうの夏あたりです。結局約1年弱の短い期間のうちに
半分以上の作品を読み干してしまいました。

何であんなにはまり込んでしまったのか、自分でも分かりませんでした。
ただただ、まさにむさぼるように読みました。
しかし、月のたまご1を読んだ瞬間、それっきり読み進まなくなりました。
それもなぜだかは分かりませんけど・・・。(^^;)

それから数年後、あの頃は避けていた月のたまご読破をしようと思い、
読み始めました。それが去年の夏の話です。からふるに出会ったのも
そのときのことです。
さらにそれから1年後の今、気付いたことがあります。

クレヨン王国に出てくる人たちは、良くも悪くもみな
限りある命を精一杯生きているということを感じました。
あの当時は、自分の進むべき道にまったく迷いも疑いもありませんでした。
だから、その世界観に共感しすぎてはまり込んでしまったのかもしれません。
それからちょうど月のたまご1を読んでいたとき、挫折しました。
だから、その続きを読むのが怖かったのかもしれません。

そして去年、ふと月のたまごの読破をしようと思ったのは、きっと
その挫折から完全に立ち直ったからだと思いました。
読後の感想は、NANDEMO国の掲示板に書いたとおりですが、
気持ちはかなりほくほくしてしまいました。何ででしょう?(^^;)
また、完結編をいまだ読む気にはなってません。これも何ででしょう?(^^;)
その訳を知ることになるのはまた数年後のことになるのでしょうね。きっと。

長々趣旨違いのことを書き込みしてしまって本当にすみません。
また、読んでくださってありがとうございます。
 

クレヨン王国の十二か月(全体論)

 投稿者:織夜メール  投稿日:2008年 6月16日(月)23時22分39秒
返信・引用
  王道的に初めて読んだクレヨン王国といえばこれである。
月ごとに色の設定、そして1話完というような感じで短編的にも楽しめるので、長編に慣れていない子供であっても読みやすいだろう。
本大好きっ子で小学校時代、図書館の本は端から端まで読みふけっていた、妖怪図書館童だったので、さらさらと難なく読めるはずのその本は、今までの私が味わったことのない新鮮な驚きをもたらした。
「読み終わりたくない」
世界一のコックやパティシエが、次々においしそうな料理を並べてくれるみたいに、その本の中には活字の中にとてつもない世界が広がっている。
「読み終わりたくない」
なのに止まらない。一気に読んでしまい、後悔する。ああ、もっと味わって食べたかったのに・・。
しかし、すぐに気づく。胸のあたりが熱いことを。
活字を流し込むように読んでいた私の中に何かが根付いた。のど元を過ぎて味を忘れたと思ったごちそうは、お話を思い出すだけでその食感、温度まで思い出させてくれる。そしてもう一度読みたくなる。何度でも。そして何度も発見する。その話の中にちりばめられている心を。

のちに、そこまで感動した一冊が実は膨大な量削られた物であったことを知る。
信じられない思いだ。あれだけの完璧な作品が、削られた物であったなんて。
そして今、それは文庫で完全版を読むことが出来る。講談社に大感謝だ。

雑食気味だった私が、クレヨン王国に出会って変わってしまった。
あれだけの文章のすばらしさ、表現の多彩さに触れてしまい、この先、私はめちゃめちゃ偏食になり、福永作品と近いオーラの作品でないと受け付けなくなってくる。
クレヨン王国ほど、美しく、スリリングで、読み手の心を投影する作品はないと思う。
 

クレヨン王国と私

 投稿者:織夜メール  投稿日:2008年 5月25日(日)01時49分55秒
返信・引用
  私のクレヨン王国との出会いは小学校六年生の頃でした。本屋でずらっと並んでいる青い鳥文庫を見つけ、その中の「クレヨン王国の十二か月」というタイトルに惹かれました。中をぱらっと見て、直感しました。「この本はちょっとやそっとの気持ちで読んでは駄目な本だ。中学生になったら読もう。」なぜそう思ったのか、それはいまだにわかりません。私は中学生になるとむさぼるようにそれまでに出ていたクレヨン王国を読みました。文字だけの本は無制限に買ってもらえる家庭だったので、どんどん読むのに支障はありませんでした。
クレヨン王国と出会って、私はいろいろなことを学びました。人生観は完全にクレヨン王国から取り込んだといえるでしょう。何が正しくて何が間違っているか。自然の中に生かされている「人間」という存在の罪深さと強さ。汚い部分もありのまま受け止めて、その上で乗り越えるという部分は、大人になった今でも出来ている自信はありませんが、自分の目標とする道がクレヨン王国によってしめされたことは間違いないことです。
クレヨン王国のことが好きで、誰にも負けないと思い、ホームページまで立ち上げました。誰にも負けないという部分は思いこみで、世界には私よりもっとすごいクレヨン王国好きがいることをネットで知りましたが、それでもやっぱり、こうしてクレヨン王国を愛する人と時間や場所を共有する楽しみは、言い尽くせない物があります。
サイトが縁で結婚もし、理解ある家庭でクレヨン王国を好きで居つづけられることは何よりの幸せです。2度の出産で頭がリセットされてしまったので、前ほどのクレヨン王国知識自慢は披露できませんが、また読み直して、子供を産んで変わった頭に新鮮な驚きをもって魅力を再発見したいとなと思っています。

これから、クレヨン王国好きの人がこの掲示板で愛を語ってくれるのを楽しみにしていますが、もし誰の書き込みもなくとも、私が勝手に作品や福永先生について語っていきますので、おつきあいくださればと思います。
 

以上は、新着順1番目から10番目までの記事です。
これ以下の記事はありません。
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