teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. クレヨン王国で好きな登場人物(1)
  2. クレヨン王国の中で是非食べてみたいものは?(7)
スレッド一覧(全2)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


感想続きです

 投稿者:ほたる  投稿日:2013年 6月 6日(木)20時59分34秒
返信・引用
  長々と書き込みしてしまってすみません。
あまりにも久しぶりにクレヨン王国を読み、書いているうちに気持ちがあふれ出してしまって。

クレヨン王国まほうの夏 続き

「二人の向いている方向が同じ」というのが最も大事なことだと思います。
夫婦や恋人・親友同士、男女ペアで余儀なくされる会社での仕事、広く、学校での部活動などさまざまな活動を充実したものにするんは、それに携わる人たちの向いている方向が一緒でなければだめだと思います。もちろんそれができたからといって必ずしもよい結果に結びつくとは限りません。
世の中どんなに努力をしても残念な結果に終わることがあることも知りました。皮肉にもその逆もあります。
水太を青空として育て上げたのも本当に間一髪で、もしかしたら間に合わなかったかもしれません。もしそうなったとしても清太と麻美が力を合わせて水太を育てようとした事実は変わりません。
死ぬぎりぎりまで育ててきた、それによって身に付いた力は事実であり、本物です。
そんな二人をクレヨンたちも水太も恨まないでしょう。ただ立ち直るのに時間はかかるでしょうけど。
それを、麻美のほうは真剣だけど、清太のほうが適当でいい加減、適当、麻美に押し付けるだけだったら。例え水太を青空にできたとしても麻美には大きな不満が残って、
この経験を自分にとってのいい経験にはできなかったでしょう。ましてや清太にも見捨てられ一人で抱え込み、しかも水太を青空にできず死なせてしまったとしたら、
それこそ一生のトラウマになってしまったでしょう。

清太が麻美のことを好きで、水太を育てている過程で麻美を感心のまなざしで見て惚れ直すという描写が各所に見られ面白かったのですが、
麻美にとって清太はどうだったのでしょうか。水太の太の字を清太から取ったところを見るとまんざらでもなかったのでしょうか。
麻美が清太をどう想ってるかという描写は残念ながら私には見られませんでした。あと、最後、麻美が清太に向かって「ありがとう」
と言ってぺこんと頭を下げたところはまほうの夏随一の名シーンではないでしょうか。また友達に水太を入れていたバッグの中身を聞かれて、放心状態で
水太が巣立っていったバッグから折り紙を取り出して並べるところは、ちょっと切なかったです。

今、清太と麻美は今後どうなるかを想像しています。
 
 

ご無沙汰しています

 投稿者:ほたる  投稿日:2013年 6月 6日(木)20時56分27秒
返信・引用
  4年ぶりに立ち寄りました。ほたるです。
福永先生が亡くなられたとのことで、追悼の意味を込めてクレヨン王国を読み返しています。
NANDEMO国の掲示板にも書かせて頂きましたが、まほうの夏を読んで気持ちがほくほくしてしまい、
書き込みをさせていただきました。

クレヨン王国まほうの夏

清太と麻美がクレヨン王国の水色大福、水太を育てるお話です。
このお話を通して男女の違いを出し合いながら補い合いながら・・・というのがテーマです。清太と麻美とで水太を育てる上での注意力、気付き、熱心さなどが
違い過ぎだと感じました。麻美のほうがはるかに大人でした。実際、水太を育てていく方向性は麻美の提案を中心に進められていきました。
かといって清太がだめだったかといえば決してそうではなく、清太は清太なりに考えて水太を育てようとしていました。
麻美は、水太が安全にすくすく育つようにという考えのもと育てていました。清太は少しでも冒険させながら色々な経験をさせながら育てようとしていました。
まさにその考えの違いを、話し合い、取り入れ合いながら二人で力を合わせて育てていく姿は本当に微笑ましくてたまりませんでした。
何より偉かったのは、番長でもある清太が、好きとはいえ麻美に厳しいことを言われても感情的に怒られても、怒り返さず言い返さず素直に麻美の考えを
理解したり取り入れたりしていたところです。麻美が好きだからということだけではなく、本当に水太のことも麻美のことも大事に想ってたんだろうなと思います。
「水太を育て上げたい」という、二人の向いてる方向が同じだからどんなに失敗しても、どんなに至らない自分に落ち込んでも、何があっても
二人の気持ちが破綻することなく最後まで育てられたのだと思います。

続きます。
 

Re: パトロール隊長

 投稿者:織夜メール  投稿日:2009年 5月15日(金)22時58分39秒
返信・引用
  > No.15[元記事へ]

お返事遅くなってすみません。

ほたるさんへのお返事です。

> >光っている時ではなく、影に入った時にどうするかにかかっていると
> 本当にそう感じます。
> 影に入ってだめになってしまう人が実に多いです。
> 今働いているところでさまざまな人の辞め様を見ました。。
> 誰が見ても出世街道に乗ってるよ!という人が些細なことで転落していったり、
> あと少し努力すれば自分にも光が当たったでしょうに、
> 不遇な自分の現状に甘んじてしまったり、
> ちょっと我慢すればよりよい環境で働ける日がきたのに逃げるように辞めてしまったり。

うーん。
まぁ本当にそれで駄目になったかなんていうことは、本人にしかわからないわけだし、
やめてその後の人生、もっといいところに入って実力を伸ばしているかもしれませんよね。
努力が少ないか、多いかなんて、人生のそのほんの何年かを知っているだけで
判断するのはあぶないかなーとも思います。
実際続けるのもやめるのも個人個人の判断であるし、やめてよりよい場所に行ければ
幸せなんじゃないのかな。そしてその幸せは本人以外には決められないんじゃないかと
思うんですがー。

> 入ったばかりの頃はみな「期待の新人」として遇してもらえます。
> 最初はみながんばるので、それなりに力のある人はさっそく光ります。
> しかし、時がたてば自分自身のどうにもならない弱さというか業というかが出て
> 誰もが自分自身の弱さに付け込まれ、影に入るんだなとも思いました。

弱さがあるからきらめくってことを、福永先生は教えてくれていると
いつもクレヨン王国を見て思います。
弱さがある人の方が圧倒的に強くなれるんです。
逆に弱さが少ない温室育ちで挫折がなかった人が穴に落ちてしまったとき、
這い上がる術すら知らないのではないかと思うのです。
パトロール隊長のノブオも、どうしようもない悲しみ、絶望、後悔にさいなまれて
小さな子供の身で必死になって、必死になりすぎてかたくなになってしまっていた。
でもその辛さがあったからこそ、ノブオはパトロール隊長としての仕事を
自分で進んでいけたんじゃないかなと思います。
お母さんが見ていてくれたからとか、困った人のためとか、スージーのためとか、
たぶんそれは全部部分でしかなく、決定打ではなく、
あれだけのことをやってのけたのは、傷ついた心と常に向き合い、目をそらさないで
進んでいくんだという、自分自身の心のプリズムを爆発させたからだと思います。
自分のためだったのです。
(でも私も10代・20代の頃はスージーのためかなと思ってました・・。
それにしてはスージーがヒュードンと結婚する時、あっさりしていたなと
ずっとわからなかったのですが、30代になってなんかわかりましたね(笑)。
あと、スージーがヒュードンと結婚したわけも、なんとなく。
年とともに見えるものが違ってくるのがクレヨン王国の面白いところ。
ほんと、「そのときがきて、とつぜん」です。)

人生は長い。悪いこともあればいいことも同じだけある。
ただ、悪いことは、ぼーっとしてても気づくけど、
いいことはなかなか気づかない。いいことってささやかなことの積み重ねだから。
いいことを宝物みたいに、傷ついた心の割れ跡にはめこんでいけるといいですね。
 

Re: はじめまして。

 投稿者:織夜メール  投稿日:2009年 4月27日(月)11時56分17秒
返信・引用 編集済
  > No.14[元記事へ]

いちごさんへのお返事です。

返信遅くなってしまい、すみませんでした。
11月に書き込んでくださっていたのに・・。
これに懲りずにまた書き込んでください。
私も子供が入園したので、時間もとれるようになって、前よりもサイトの方に
力を入れていきたいと思っています。

文面からすっごくクレヨン王国が好きなんだなということが伝わってきました。
小学生の頃、そして高校生になってと、クレヨン王国の扉に近づくいちごさんの心には
きっとずっとずっとクレヨン王国と近い美しいかけらがあったんだと思います。
月のたまごはとっても長いお話ですが、読んでいると引きこまれてあっという間に
読んでしまいますよね。
県立図書館で続きは読めたのでしょうか?
月のたまごシリーズは人気が高いせいか、まだ書店(ネット書店)でも
買える状態にあるので、もし良かったら買って手元にそろえておいてください。
いちごさんが大学生、社会人・・親になった時、また読み返すと、
その都度、全く違う世界が見えてくる。現れてくるのがクレヨン王国です。
是非、ずっとずっと大事に持っていて、人生の節目節目にクレヨン王国に足を踏み入れてください。

参考までにamazon(ネット書店)のリンクを貼っておきます。
クレヨン王国月のたまご6巻
クレヨン王国月のたまご7巻
クレヨン王国月のたまご8巻(完結)
 

パトロール隊長

 投稿者:ほたる  投稿日:2009年 3月 5日(木)03時06分55秒
返信・引用
  >光っている時ではなく、影に入った時にどうするかにかかっていると

本当にそう感じます。
影に入ってだめになってしまう人が実に多いです。
今働いているところでさまざまな人の辞め様を見ました。。
誰が見ても出世街道に乗ってるよ!という人が些細なことで転落していったり、
あと少し努力すれば自分にも光が当たったでしょうに、
不遇な自分の現状に甘んじてしまったり、
ちょっと我慢すればよりよい環境で働ける日がきたのに逃げるように辞めてしまったり。

入ったばかりの頃はみな「期待の新人」として遇してもらえます。
最初はみながんばるので、それなりに力のある人はさっそく光ります。
しかし、時がたてば自分自身のどうにもならない弱さというか業というかが出て
誰もが自分自身の弱さに付け込まれ、影に入るんだなとも思いました。

私は何度も光と影を行ったりきたりしながら何とかやってきましたが、
今年に入ってからというものの、どうも影に入っているようです。
最近パトロール隊長を読みましたが、パトロール隊長となったノブオの
懸命な働きは、本当に胸を打たれます。

お母さんの死後、ずっと影に入っていたノブオは、
あと一歩のところでぐれてしまうところをクレヨン王国に拾われました。
そこで自分と同じ困ってる人、後押しが必要な人に懸命に
手助けをすることで、入国前は見えなかった両親や妹、右田先生などの本心?
が見えるようになったと思います。
そしてひとまわりもふたまわりも大きくなって、自分の世界に帰っていきます。

でも、ノブオの働きを支えたものは何だったのでしょうか?
亡くなったお母さんがずっと見守ってくれていると気付いたから?
ここでパトロール隊長をやらなければいけないからやった?
本当に困ってる人のために働きたくなったから?
ただひたすらスージーのため?
とにかく前に突き進む勇気だけはあったのだと思います。(カメレオン総理談)
私は、ただひたすらスージーのためと読みました。
私も早く影を突き抜けたいです。(^^;)
 

はじめまして。

 投稿者:いちご  投稿日:2008年11月29日(土)11時34分56秒
返信・引用
  はじめて書き込みします。
私は高校2年で、最近クレヨン王国シリーズにはまっていています。

私の姉は小学生のころ、クレヨン王国シリーズを気に入っていました。
それで、家に何冊か本があったのですが、当時(私も小学生)は絵の少ない本を読むのが嫌だったので、あまり読もうとは思いませんでした。
(一度、読もうと試みたことがありましたが、途中で断念しました(^^;))
高校生になって(やっと…)、ある日ふと手にとって読んでみると・・・
とてもいい作品であることがわかり、すぐに好きになりました。
特に好きなのは「月のたまご」です。まゆみの作る詩には癒されています。
小学6年生または中学1年せいとは思えないほど大人びていて、
作詩に優れているまゆみには、学ばされることが沢山あり、
私にとって憧れの人物でもあります。

「月のたまご」は私の家には5巻までしかないので、
今度、クレヨン王国シリーズのある県立図書館に行って読みたいと思います。

長くなってしまってすいませんでした m(u u)m
 

Re: 救援隊その後

 投稿者:織夜メール  投稿日:2008年 7月27日(日)01時35分43秒
返信・引用
  > No.10[元記事へ]

>ほたるさん

人生にただ一つの正解の道なんかないんですから、挫折がある方が自分のためにいいですよ。
挫折することによって、挫折しなかった人に比べて自分を良く見つめ直すことが出来るし、
周りを見る力も養われるし、挫折がなかった頃にはわからなかったような人の痛みを
知ることも出来るでしょう。
まぁ、現実、挫折のない人なんていないんですよ。
挫折がないように見える人でも、見えないところで大変なことがある。
それをどう自分で消化して、進めるかが大事なんじゃないかと思います。
って、こんな前向きな事書いてますけど、私も悩んだりうまくいかなかったり、
踏み出せなかったり、人生を無駄に消費しているような気になったり、
落ち込んでばっかりですから!でもすっごい落ちた後に見えるものもあって、
それが自分の血肉になると思います。
そしてそうして少し成長したときにまたクレヨン王国を読むとまた違う響き方をします。
それまで泣かなかったような場面で泣けたり。
だから、クレヨン王国を手元に置いて、何かあった時にまた読み返して欲しいと思います。
すると前には見えなかった「答えの素」がきらりと光って、見つけることが出来ますから。
回り道だなと思っても、それでもそれも「道」。必ず何か関連があって、
ほたるさんが40代50代になった時に無駄でなかったと思えるはずだと思います。
そしておばあさんになってもそっとそばにはクレヨン王国を!(標語?)

> 話は変わって、2巻では月のたまご救援隊のその後が描かれていました。
> 彼らのその後は、寒気のするくらいみな不幸になってましたね。
> 地球のために命をかけた救援隊とそれに関わった人たち、
> 誰一人例外なく不幸のどん底に落ちていました。
> 私が、切なくてはかなげといった結末の裏で、
> これほどまでの惨劇が展開されていたとはまったく想像できませんでした。
> 織夜さんは2巻を読んだとき、どんな感想をもたれましたか??

私は発売のリアルタイムで読んでいたので、月のたまごは「1巻・2巻」ではなく、
1冊目だけで終わっていました。(最初は1巻完結だったのです)
その後何年かして2巻が出た時、とても複雑な気持ちでした。
とてもせつないけど、綺麗な終わり方だと思っていたし、あの最後は本当に
名作中の名作の終わり方だと思っていたので、
続きというものをなかなか簡単に受け入れられなかったです。
まゆみはただの女の子で、三郎はクレヨン王国の第3王子であり3倍の寿命をもつ特殊な人。
二人が別れてしまったのは、運命であり、しょうがないと思いましたし、
結局このまま恋人をしていても辛いだけだろうと思いました。
2巻目をおそるおそる読んで、その気持ちは確信に変わり、2巻最後に
アラストコンビとまゆみが再会したのには、
ほっとした気持ちの裏でこれからの不安があり、
3巻が出た時とても怖くてなかなか読み出せませんでした。
しかし読んでみるとひきこまれました。再会した4人のやりとり、三郎の危機。
ゲートック、ナルマニマニ、ダマーニナ・・魅力的な人物達の同時並行の運命と
鳥が気流に乗ったような物語のなめらかでスピーディな展開とこれからへの期待。
まゆみと三郎の運命が分かつことに悲しみの美徳を見ていたのに、
いつしか二人の道がなるべく長く一つに繋がるといいなと思うようになっていました。

人間の人生は光の部分と影の部分があって、その人の真価が問われるのは、
光っている時ではなく、影に入った時にどうするかにかかっていると
月のたまごの2巻以降を読んで強く思いました。
昨日まで輝かしいヒーローだった人が、ほんの何日かで罪人扱いされること・・。
日常でも多々ありえること。その時、真実を見抜ける目を育てないといけないんだと
思います。そのあたりも福永先生は見事に描いておられ、
心の底から「すごい」と思ったことを覚えています。

レスなのに、異様に長くてごめんなさい(^^;)。
 

救援隊その後

 投稿者:ほたる  投稿日:2008年 7月 3日(木)00時48分31秒
返信・引用 編集済
  こんばんは。またお邪魔します。

その就職活動中に挫折した自分と、(年は違えど)やはり挫折を強いられたまゆみが
強烈に重なり合ってしまって・・・その先を読むということは、
自分の未来を知ることなのかもしれないと本能で感じてしまって、
読み進めることが出来なかったのかもしれませんね。
どん底に落ち込んでるときに、何ゆえそんな自分の未来なんか
知りたいと思うでしょう?それから数年後・・・そんな私もひと山乗り越え
8巻まで読むことが出来て、満足です。まゆみもひと山乗り越え、
大きく成長したのでしょうね。
でも、私はまだまだいくつも山を越えなければ。(><)
きっと、その過程で完結編を読むことになるのかもしれませんね。
読みたくて手に取るであろう日がとても楽しみです。
その前に、またパトロール隊長や白いなぎさを読んでみたいです。

話は変わって、2巻では月のたまご救援隊のその後が描かれていました。
彼らのその後は、寒気のするくらいみな不幸になってましたね。
地球のために命をかけた救援隊とそれに関わった人たち、
誰一人例外なく不幸のどん底に落ちていました。
私が、切なくてはかなげといった結末の裏で、
これほどまでの惨劇が展開されていたとはまったく想像できませんでした。
織夜さんは2巻を読んだとき、どんな感想をもたれましたか??
 

Re: クレヨン王国と私

 投稿者:織夜メール  投稿日:2008年 6月26日(木)15時11分47秒
返信・引用
  > No.7[元記事へ]

>ほたるさん

ほたるさんのクレヨン王国との出会いを読んでいて、
ほたるさんは導かれるように、クレヨン王国と出会ったのだなぁと思いました。
多分ほたるさんの人生の節目の心の変化をサポートするように
クレヨン王国がそっと近寄ってきて、力をくれたのかなと思います。

読みたくなったり、また途中でなぜだか手に取りたくなくなったり・・
それは私も経験しました。20歳頃、なぜだか手に取れない時期がありました。
多分人間の自分の自由にならない第六感的な部分で、
自分に必要な、目に見えない力を選んだり、遠ざけたりしているのかもしれませんし、
クレヨン王国という世界がそうであるように、
とても近くにあって、それでも遠いものである時が
あるのかもしれません。

また読みたくなったら読むといいんだと思います。
そして出来たら、今大好きなクレヨン王国の中の何冊かを、
また20代後半、30代、40代と年を重ねて後、読むことをおすすめします。
若いときには見えなかった部分が、「その時が来て、突然」見えます。
時を経て手に入れる奥深さに、言葉にならない気持ちがこみ上げてくること、うけあいです。

なんだか素敵な気持ちになりました。
今ほたるさんが持っているクレヨン王国への純粋な気持ち、ありがとうございました。
 

クレヨン王国と私

 投稿者:ほたる  投稿日:2008年 6月21日(土)00時05分42秒
返信・引用
  出会ったのは成人してまさに就職活動中の時のことです。
当時町の図書館で偶然目に飛び込んできたのが、
ずらりと並んだクレヨン王国でした。その中から薄くて読みやすそうな
水色の魔界といちご物語を読んでみました。
他の作品も読んでみようと、次々に読んでみました。

就職活動中の電車の中でクレヨン王国を読んだり好きな音楽を聴いたりして、
とても有意義な思い出に残る一幕でした。
今でもその作品を読むとあの時のことが思い起こされます。
特に記憶に強いものが、パトロール隊長、月のたまご1、白いなぎさ、
花ウサギ、まほうの夏あたりです。結局約1年弱の短い期間のうちに
半分以上の作品を読み干してしまいました。

何であんなにはまり込んでしまったのか、自分でも分かりませんでした。
ただただ、まさにむさぼるように読みました。
しかし、月のたまご1を読んだ瞬間、それっきり読み進まなくなりました。
それもなぜだかは分かりませんけど・・・。(^^;)

それから数年後、あの頃は避けていた月のたまご読破をしようと思い、
読み始めました。それが去年の夏の話です。からふるに出会ったのも
そのときのことです。
さらにそれから1年後の今、気付いたことがあります。

クレヨン王国に出てくる人たちは、良くも悪くもみな
限りある命を精一杯生きているということを感じました。
あの当時は、自分の進むべき道にまったく迷いも疑いもありませんでした。
だから、その世界観に共感しすぎてはまり込んでしまったのかもしれません。
それからちょうど月のたまご1を読んでいたとき、挫折しました。
だから、その続きを読むのが怖かったのかもしれません。

そして去年、ふと月のたまごの読破をしようと思ったのは、きっと
その挫折から完全に立ち直ったからだと思いました。
読後の感想は、NANDEMO国の掲示板に書いたとおりですが、
気持ちはかなりほくほくしてしまいました。何ででしょう?(^^;)
また、完結編をいまだ読む気にはなってません。これも何ででしょう?(^^;)
その訳を知ることになるのはまた数年後のことになるのでしょうね。きっと。

長々趣旨違いのことを書き込みしてしまって本当にすみません。
また、読んでくださってありがとうございます。
 

レンタル掲示板
/2