teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


写真活動

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 8月 7日(月)08時02分39秒
編集済
   1年ほど前から、写真活動の取り組み方に変化が起こっています。というより変化させなければならないことがあり、それで変わってきているのです。
 これまでと比べて、撮影行の回数は、3分の2ほどになっています。そして、撮影時間は、2分の1となり、撮影枚数は3分の1という状況です。
 たくさん行って長い時間多くを撮ることがいい作品づくりに繋がるかというと、そうでもないのですが、条件としては悪いのです。
 こんな状況が、わたしの今の状況です。

 なんにも変えず、相変わらず好きなことばかりするのを横目で見ながら、ストレスはたまる一方ではありますが、これまで同様、そんな状況の中でも自分なりに納得できる写真活動をなんとかめざそうと続けている今日この頃です。

 
 

写真展のとりくみ

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 8月 4日(金)13時50分52秒
編集済
   今年から、クラブを離れ、全日写連も個人会員としての活動となっています。
 気楽に写真活動ができ、それなりに納得できるものも撮れていて、全日写連京都のHPを更新する作業の担当もあって、月例研究会や写真サロンの入賞作品もじっくりと見ることができ、「学ぶ」ことを具体的な作品をとおしてできますので、自分の力を伸ばすことにも役立ち、充実した活動ができていると感じています。
 しかしながら、自分の作品をできるだけ多くの人たちに見ていただいて、感想や意見、助言をもらってそれを活かして作品づくりをすすめていくことにもっと取り組みたいとは思っています。
 そのために、今年の春に「ほっこり展」と銘打ってのささやかな写真展を自宅ギャラリーで開催したのですが、これまでいくつもの写真展に来てくれていた友人・知人とともに、同じく写真に取り組んでいる方々に来ていただき、成果があったと思っています。
 例会では、毎月作品を持っていき、提示したものの、作品についての感想や意見を聞くことは少なく、プリント用紙や撮影地などの話が断片的に出されたり、時にはほとんど何も聞かれないこともあり、いつももっと深く論議がしたいと思っていましたので、今年から、ささやかな写真展ではあるものの、春と秋には、このような活動でじっくり作品を通しての学びをしたいと思っています。
 したがって、今年の秋に、写真展を予定しています。
 個人でとりくむか、誰か友人との共催にするかは、その時々に考えようと思っていますが、これから具体化していこうと思っています。

 

鳥を被写体として

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 7月31日(月)14時08分35秒
編集済
   京都写真サロンの表彰式があり、28名の代表として最後にあいさつしなければならない羽目になりました。
 代表してということではあるものの、そんなことはできるわけがないので、個人としての感想を述べるにすぎないのですが、ほんとうは、前記の「学ぶことの大切さ」を中心に言いたいと思ったのですが、表彰式自体が30分しかなく、わたしが指名された時点ではもうすでに定刻を越えて、次の7月月例の時間となっていたので、やむなく、簡単に謝辞を述べるにとどめました。
 しかし、祝辞や講評のなかで、今年は鳥写真が多くなってきていること、それも肖像権問題を避けて、人間の代わりに鳥を撮ったものがあることなどが、どちらかというと否定的に語られていたので、それに対しては、一言いうべきかと思い、その点だけは述べることとしました。
 それは、昨年は委員として審査の作業に携わっていた時、各賞が確定した時点で、「今年も鳥ばっかりや」などという発言が委員の中から発せられるという状況を知って、なんと写真についての見識のなさなのかと驚いたことにもよるのですが。
 ちなみに、昨年の190名強の中で、14点が鳥を画面に入れたものであったのですが、それが「鳥ばっかり」という指摘にとって正確なものとは思えないものでした。
 そしてさらに大切なことは、たしかに鳥が入っているものの、それは「ネイチャーフォト」としてできなく、擬人化したものであったり、添景としてのものであったりということがどのように認識されているのかが疑問です。
 ですので、「わたしは、ネイチャーフォトとして、『自然のいとなみを撮る』ことをテーマとして、鳥をモチーフとして写真を撮っている」こと、だから「生命活動として躍動する場面を撮るドキュメント性・科学性と、写真としての芸術性を両立させることを苦心し、試行錯誤をしている」こと、「たしかに鳥をとりいれる写真が多くなってきていることは、わたしにとっては、うれしいものではあるのだが、それだけに、写真としての質をさらに高めていくことをめざさなければならないという提起として受け止めたい」とだけ述べました。
 わたしにとっては、「ネイチャーフォトとはなにか」をさらに追求していくことという課題としてとらえたいと思っています。

 

京都写真サロン

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 7月16日(日)09時46分25秒
編集済
   京都写真サロンに出品した作品は、今年もどのように評価されるのかを考えたいという問題意識をもってのものでしたが、思いがけなく朝日新聞社賞といういい評価をいただいて、ちょっと戸惑いの気持ちさえ感じるものでした。
 ネイチャーフォト、とりわけ鳥写真は、ドキュメント性・科学性が強くなり、芸術性での課題がなかなかクリアできないことが多いのです。
 鳥が大きな餌を採っているという場面で、鳥たちの生命活動を躍動的に撮りたいという私自身のテーマには合致するものではありますが、それが、大きく羽根を広げての躍動感があり、加えて、それを見て飛んできたカワウの表情もしっかり撮れたことが評価されたようで、わたしの納得できるもの評価であったことが、たいへんうれしいものでした。

 それは、やはり「学ぶ」ことの大切さを強く感じます。
 いろんな学び方はあるでしょうが、わたしはこれまでもて゜きるだけ多くの写真展を見に行くこと、写真集の作品をじっくりと見ることを大切にしてきたのですが、じつは、今担当しているしごとが私にとっては大いに役立つものとなっていると思います。
 そのしごととは、全日写連京都のホームページの更新作業の任務です。このホームページの中心になるのは、さまざまな情報発信とともに、月例研究会や京都写真サロンの入賞作品を掲載していくことですが、そのために月例研究会の入賞作品を預かり、スキャナー取り込み、アップするということを毎月やることとなります。
 なかなか入賞作品をじっくりと見ることは会に参加していてもできないのですが、それをこの仕事をするときには時間をかけてできます。そして、スキャンしたものが作品を正確に再現できているか等の確認が必要になります。時には何度かやり直したり調整したりすることもありますが、それがまた、その作品の良さを深くとらえることにつながります。
 この仕事を担当してから、このような自分にとっての役得ともいえるものを感じながらきたのですが、この京都写真サロンへの出品作品につながったことが「学ぶ」ことの大切さ考えさせるものとなりました。
 学ぶことなしに自分の力量をのばしていく方法はないことをこれからも忘れずにいたいと思います。

 もちろん、サロンに入賞したうれしさは、作品が評価されたこととともに、それを知った方々からが、メールや電話、直接に、祝っていただけたことでも大きく感じました。
 委員としての活動をとおして知り合った、委員やクラブ代表、友人などから、いろいろとことばを頂くこととなりました。

 これからのエネルギーとして、さらに楽しみながら、さらに厳しく写真活動に取り組んでいきたいと思います。
 

作品評価

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 6月30日(金)14時33分17秒
編集済
   もう六月が終わります。今年も、半分が過ぎたということです。
 今年の前半で、最もうれしかったのは、なんといってもフォトコン月例のネイチャーフォトの部で、私の作品が「特選」となったことです。「入選」はあったものの初めてのものとなりました。
 ただ、入賞したということだけでなく、その「評価」が、自分にとっては納得いくものであったことが、より満足できるものでした。
 アップではなく、引いた画面で、冬の残り柿に飛びつこうとするエナガの姿を撮ったものですが、その講評での、「野辺の残り柿を一心に気にする姿に生命の一途さを感じる」という評は、まさにわたしが表現したかったことをしっかりととらえていただいたものでした。そして続く「一方でこれから訪れる冬の無常さを想い覗うものです。」という評も、納得できるものでした。
 これは、私の家のすぐ近くのマイ・フィールドになんども通い、鳥たちの様子や周りの状況、時間帯によって変化する光の状況をたしかめながら、撮り続けたもので、「地域にねざす」ことを大切にしようと考えているわたしにとっては、何倍もうれしいものでした。
 さらに、「野鳥の写真は絵のような構図で固めた写真が多く応募されてきますが、この写真のようにのびのびとした自然の姿こそが然るべき美しさと思いたいですね。」という評も、たいへん励まされるものでした。
 珍しい鳥を遠くへ撮りに行くツアーなども、さかんに行われているのですが、それも楽しみ方のひとつではあるのでしょうが、鳥たちへの生命の共感を写真として表現することをこれからも続けていきたいと思います。

 今年も、わたしが参加する写真団体の写真展兼コンテストがもうすぐ開催され、わたしも九回目の参加をするのですが、このような姿勢と視点で撮った作品が、どのように評価されるのか、しっかり見ていきたいと思っています。

 

もう、4月!

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 5月 3日(水)07時26分40秒
編集済
   新しい写真の楽しみ方をとスタートした今年ですが、まず最初の活動としてとりくんだ、「地域に根ざした鳥撮り・ほっこり展」の開催に集中していたので、あっという間に四月、という感じです。
 私自身は、自分が目指ていたものを感じることができて、ほぼ満足しています。
 乙訓周辺だけに案内し、一日十人の目標でしたが、四日間で総計四十五人と、満足できるものでした。来ていただいた方とも、じっくりと話ができ、これも満足できるものでした。

 もうひとつ、これまでと同じように、自分の力を伸ばしていくこと・力を客観的に知っていくこととのとりくみでも、ほぼ満足できる結果が、今は出ています。これからも、これに集中していきたいと思っています。

 

新しいスタートに

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 3月22日(水)07時41分52秒
   気が付けば、もう三月も終わりに近づいています。昔から、「一月はいく、二月は逃げる、三月は去る。」と言われるといいますが、まさにその通りだと思える状況です。
 しかし、以前に書きましたが、昨年はわたしの写真活動にとって、とても酷い年でしたが、そのもととなることからの決別を昨年末から決断してから、気が楽になり、解放された気分になりました。
 そして、今年のスタートが気持ち良く切れ、今、清々しい気持ちになっています。
 それはなぜなのか、今後、少しずつ書いていこうかとも思っています。

 新しい年のスタートにあたって、わたしにとってうれしかったことのひとつは、去年の唯一の納得できる写真活動であった、「個展」についてのことです。
 わたしの写真活動にとって、師と呼べる方は、お二人おられるのですが(このことは、個展の『ご挨拶』に書きましたが)、ネイチャーフォトについて深く教えて頂いた方からの手紙でした。
 現在、体調を崩されて、数年前に写真活動から引退されることとなられたので、わたしの個展をお知らせすると無理をして来られることとなりご迷惑をおかけするのではと思い、迷った挙句、案内を送らなかったのですが、それが気かがりで、二月に自分でプリントした「個展作品集」を送ったところ、すぐにご丁寧なお手紙を頂戴しました。
 個展に取り組めたことをとても喜んでいただき、感想とともに、励ましをいただき、とても感激しました。まわりからはあまり感想や意見を聞くことができなかったことを少しがっかりした気持であったのですが、このことはわたしにとって大きな財産だと思えます。
 これが、今年のスタートの時期にあったことが、わたしの「新しいスタート」にとってのエネルギーとなりました。
 これから、それを活かしながら、これまでの枠を超える活動をしていきたいと、今、思っています。

 

新しい年 2017

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 1月 1日(日)06時03分43秒
   新しい年が明けました。おめでとうございます。
 時間は繋がっているとは言うものの、新しい気持で歩みを踏み出していくことは、必要なことです。
 今年もよろしくお願いします。

 

個展随想 Ⅲ

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2016年12月21日(水)20時24分7秒
編集済
   わたしが自分の「主張」をパネルとして提示し、それをしっかり読んでいただいた方々がおられたことがうれしかったことだと記しましたが、それはそんなに多い数ではありませんでした。
 そんな中で、わたしがほんとうに嬉しかったのは、これまでのわたしが作品を出した写真展には、わたしの教え子たちが来てくれることも多く、ありがたいと思っていたのですが、この個展ほど多くの作品をならべたことはありませんでした。いわば、これまでわたしが何を感じ、どんな想いで撮っているのかを見てほしいと思っての個展でしたが、そんななかで、別々の日に来てくれたふたりが、異口同音に「見ているうちに、涙がでてきました。」とわたしに言ってくれました。
 作品として十分にわたしが目指しているものが表現できているとは言えないものがほとんどだったのですが、わたしがパネルに提起したことが、少しは伝わったのかと思え、わたしにとっては最高の褒め言葉だと感じたのです。
 この言葉が、これからも躍動する鳥たちの生命活動を撮り続けていきたいと思っているわたしにとっての大きな励ましです。

 

個展随想 Ⅱ

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2016年12月20日(火)13時41分44秒
編集済
   個展会場にいて、自分の作品を見ていただいている中で、その見方がじつにさきざまだなと感じていましたが、そのなかでも最もうれしかったのは、つたない「主張」を何枚かのパネルとして、作品のまとまり毎に展示したものを、メモしたり、「とってもいいですか」と訊かれて写メに撮られていたことが何度かあったことでした。
 もちろん、それらがわたしの「主張」に賛意をもってのことか、もっと検討すべきだと思ってのことかはわかりませんが、それが批判・反論のためだったとしても、そうしていただけることがうれしいと感じたのです。ただ作品を並べるのではなく、テーマをもって、それを自分なりに主張・提起することが大切ではないかと考えて、本来なら主体的にとりくむのではないという事情があるとしても自分なりに納得するものにしたいと思ったからです。
 その方々は知っている方ではなかったので、その後のことは解からないのですが、とりわけ「ネイチャーフォトとは」ということについての問題意識が少しでも広がっていくとすると、それはたいへんうれしいことです。
 わたしはそんな論議を作品をとおしてしたいと思っているのですが、現在かかわっている場ではほとんどすることがなく、抽象的概念的なものか技術的なことで終わってしまうのに失望しています。といっても、それを本質的な論議にもっていく力量はわたしにはないのですが。
 これは、私自身が今回の「主張・提起」をもっと意識しての作品づくりをすすめていかねばならないことととらえる必要があると思っています。


 

レンタル掲示板
/25