teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


もう、4月!

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 5月 3日(水)07時26分40秒
編集済
   新しい写真の楽しみ方をとスタートした今年ですが、まず最初の活動としてとりくんだ、「地域に根ざした鳥撮り・ほっこり展」の開催に集中していたので、あっという間に四月、という感じです。
 私自身は、自分が目指ていたものを感じることができて、ほぼ満足しています。
 乙訓周辺だけに案内し、一日十人の目標でしたが、四日間で総計四十五人と、満足できるものでした。来ていただいた方とも、じっくりと話ができ、これも満足できるものでした。

 もうひとつ、これまでと同じように、自分の力を伸ばしていくこと・力を客観的に知っていくこととのとりくみでも、ほぼ満足できる結果が、今は出ています。これからも、これに集中していきたいと思っています。

 
 

新しいスタートに

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 3月22日(水)07時41分52秒
   気が付けば、もう三月も終わりに近づいています。昔から、「一月はいく、二月は逃げる、三月は去る。」と言われるといいますが、まさにその通りだと思える状況です。
 しかし、以前に書きましたが、昨年はわたしの写真活動にとって、とても酷い年でしたが、そのもととなることからの決別を昨年末から決断してから、気が楽になり、解放された気分になりました。
 そして、今年のスタートが気持ち良く切れ、今、清々しい気持ちになっています。
 それはなぜなのか、今後、少しずつ書いていこうかとも思っています。

 新しい年のスタートにあたって、わたしにとってうれしかったことのひとつは、去年の唯一の納得できる写真活動であった、「個展」についてのことです。
 わたしの写真活動にとって、師と呼べる方は、お二人おられるのですが(このことは、個展の『ご挨拶』に書きましたが)、ネイチャーフォトについて深く教えて頂いた方からの手紙でした。
 現在、体調を崩されて、数年前に写真活動から引退されることとなられたので、わたしの個展をお知らせすると無理をして来られることとなりご迷惑をおかけするのではと思い、迷った挙句、案内を送らなかったのですが、それが気かがりで、二月に自分でプリントした「個展作品集」を送ったところ、すぐにご丁寧なお手紙を頂戴しました。
 個展に取り組めたことをとても喜んでいただき、感想とともに、励ましをいただき、とても感激しました。まわりからはあまり感想や意見を聞くことができなかったことを少しがっかりした気持であったのですが、このことはわたしにとって大きな財産だと思えます。
 これが、今年のスタートの時期にあったことが、わたしの「新しいスタート」にとってのエネルギーとなりました。
 これから、それを活かしながら、これまでの枠を超える活動をしていきたいと、今、思っています。

 

新しい年 2017

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2017年 1月 1日(日)06時03分43秒
   新しい年が明けました。おめでとうございます。
 時間は繋がっているとは言うものの、新しい気持で歩みを踏み出していくことは、必要なことです。
 今年もよろしくお願いします。

 

個展随想 Ⅲ

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2016年12月21日(水)20時24分7秒
編集済
   わたしが自分の「主張」をパネルとして提示し、それをしっかり読んでいただいた方々がおられたことがうれしかったことだと記しましたが、それはそんなに多い数ではありませんでした。
 そんな中で、わたしがほんとうに嬉しかったのは、これまでのわたしが作品を出した写真展には、わたしの教え子たちが来てくれることも多く、ありがたいと思っていたのですが、この個展ほど多くの作品をならべたことはありませんでした。いわば、これまでわたしが何を感じ、どんな想いで撮っているのかを見てほしいと思っての個展でしたが、そんななかで、別々の日に来てくれたふたりが、異口同音に「見ているうちに、涙がでてきました。」とわたしに言ってくれました。
 作品として十分にわたしが目指しているものが表現できているとは言えないものがほとんどだったのですが、わたしがパネルに提起したことが、少しは伝わったのかと思え、わたしにとっては最高の褒め言葉だと感じたのです。
 この言葉が、これからも躍動する鳥たちの生命活動を撮り続けていきたいと思っているわたしにとっての大きな励ましです。

 

個展随想 Ⅱ

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2016年12月20日(火)13時41分44秒
編集済
   個展会場にいて、自分の作品を見ていただいている中で、その見方がじつにさきざまだなと感じていましたが、そのなかでも最もうれしかったのは、つたない「主張」を何枚かのパネルとして、作品のまとまり毎に展示したものを、メモしたり、「とってもいいですか」と訊かれて写メに撮られていたことが何度かあったことでした。
 もちろん、それらがわたしの「主張」に賛意をもってのことか、もっと検討すべきだと思ってのことかはわかりませんが、それが批判・反論のためだったとしても、そうしていただけることがうれしいと感じたのです。ただ作品を並べるのではなく、テーマをもって、それを自分なりに主張・提起することが大切ではないかと考えて、本来なら主体的にとりくむのではないという事情があるとしても自分なりに納得するものにしたいと思ったからです。
 その方々は知っている方ではなかったので、その後のことは解からないのですが、とりわけ「ネイチャーフォトとは」ということについての問題意識が少しでも広がっていくとすると、それはたいへんうれしいことです。
 わたしはそんな論議を作品をとおしてしたいと思っているのですが、現在かかわっている場ではほとんどすることがなく、抽象的概念的なものか技術的なことで終わってしまうのに失望しています。といっても、それを本質的な論議にもっていく力量はわたしにはないのですが。
 これは、私自身が今回の「主張・提起」をもっと意識しての作品づくりをすすめていかねばならないことととらえる必要があると思っています。


 

個展随想

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2016年12月18日(日)20時33分10秒
編集済
   この個展は、わたしがその開催を決めてとりくんだものではありませんでした。ある事情により、会場を個人で契約しなければならない事情ができ、それを「個展」としてとりくむことになったというのが事実です。事情はともあれ、なんとか自分に得るものが多いものにしようと考えてのとりくみではありましたが。
 ですから、決まった時からかなり悩みました。結果、わたしが写真活動を始めたのは50年近く前ですが、デジタル一眼での活動再開は、10年あまりという写歴ですから、その「歩み」を軸に、現時点でのつたない「主張」も込めたものにしたいと考えました。
 その「主張」の一端は、『わたしの写真論』のページにまとめています。
 わたしにとっての最大の成果は、全日写連京都の活動で知り合った方々や鳥写真をとおして懇意になった方々に多く来ていただき、話ができたことだと言えます。そのなかから、多くのことを示唆していただいたり、評価していただいたことは、ぜひ今後に活かしていきたいと思っています。
 半面、わたしが活動の基盤としているところからは、当然来ていただけると思っていたのですが、そうではなく、またわたしの「主張」や「提起」について意見や感想が聞けるのではと思っていたのですが、ほとんどなかったことには少しショックをうけたところです。学びあうとか論じあうということは、口言うのはでは簡単だけれど、なかなか難しいことだとは思ってはいますが、寂しいことです。
 わたしが写真活動をとりくむ場に参加しているのは、写真について学び、活動をするためです。

 今年は、写真活動をしていくことでは、最悪と言っていい年でした。
 それを一新していくためにも、この個展が新しい展望を見つけるものとしていくように考えていきたいと思っています。


 

個展終了

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2016年10月21日(金)14時06分16秒
   わたしの個展「憧憬」が、二週間前に終わったのですが、300名近い方に来場していただき、お祝いなどをいただいて、それに謝意を示すことや後始末などで、なかなか成果や課題をまとめていくことができなかったのですが、そろそろそれを始めてみようという気持ちになってきました。
 手始めに、わたしかこのとりくみで作品とともにもっとも見ていただきたかったわたしが現在想っていることを示したパネルを、「わたしの写真論のページ」にupしました。
 これから、おいおいわたしの感想や考えたことを書いていこうと思っています。

 

個展「憧憬」

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2016年 7月30日(土)21時38分3秒
   わたしの第1回個展「憧憬」についての案内です。

      http://www.amsnet.co.jp/gallery/ga_001280.html

 今、準備を進めていますが、いろいろと迷うことも多く、苦労しています。
 

写真サロン

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2016年 7月 4日(月)20時01分24秒
編集済
   第78回京都写真サロンの準備がきょう終わり、明日から写真展がはじまります。明日5日は午後から、そして10日の4時までです。
 クラブとして、当番が今年も当たり、わたしは9日の9時から1時まで、会場にいます。
 急に蒸し暑くなって、この一週間はたいへんですが、できるだけ来ていただいた方と話ができれば、と思っています。

 

見つからなかったら、いいんか!

 投稿者:浅尾紘也  投稿日:2016年 5月11日(水)14時19分11秒
編集済
   またぞろ、燃費が偽装されたり、産地がごまかされたり、私用に政治資金や会議費がこそこそ使われたり・・・・という事象が、政治・産業・経済などのあらゆる分野で明るみにでてきている。
 まさに、日本の劣化、そして人間の劣化である。
 その基本にあるのは、見つからなかったらいい、という安易な発想であるのだが、現代は、ほんとうにそんな時代なのだろうか。

 わたしたちが携わっている文化では、どうなのだろうか。
 先日、わたしが初めて応募した動物写真コンテストでは、このようなことがあった。ある入賞候補作品に「画像のはめ込み」があったことが、関西本部事務局長より報告があった。このコンテストの応募規定には、「画像の加工は認められない」と明記されている。そして、事務局長が直接電話で問い合わせたということなのだが、加工を認められることはなかったという。そして、作品データの提出を求められたが、それには応じられなかったということで、当然のことながら、「入賞取り消し」となったという。
 わたしには、このようなことが理解できない。
 さまざまな問題が噴出しているからだろうが、最近のコンテスト応募には、さまざまな規定が記されるようになってきている。規定を多くしなければそれが守られなくなっている、これは明らかに、写真観の堕落であり、写真文化の劣化である。
 写真(フォトグラフィー)は、真実を写すことこそが基本ではないか。写真が文化として存在する基盤はここにあり、だからこそ著作権は厳密に守られている。もちろん、写真をもとにして、それを加工ソフトを使って作品として成立させる芸術(フォトコラージュ)は、ひとつの分野として在るとは思うが、それを混同させるのは、間違っている。

 以前に何度も具体的な事実を挙げながら書いた、「マナー違反」はもちろん、「ルール違反」が今、厳しく問われている。それを絶対に犯さない・許さないという姿勢をもつことこそが、写真に取り組むものにとっては必要なのだ。
 もし、自分がこのような姿勢が貫けないような状況になれば、わたしはその場から立ち去り、自分が納得する写真の楽しみ方を追求したいと考えている。

 

レンタル掲示板
/25